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神戸に関連する/しない新聞記事をスクラップ。神戸の鉄ちゃんのブログは分離しました。人名は全て敬称略が原則。

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「千年に一度の巨大地震の世紀」
東海・東南海・南海3連動と首都圏直下型地震も 平安時代に匹敵 <MSN産経 2011/08/03 00:59>を編集

 東日本大震災規模とされる平安時代の貞観地震(869年)や関東直下型地震、東海・東南海・南海地震の3連動とみられる仁和地震など9世紀に起きた地震が、阪神淡路大震災(1995年)以降の地震の状況と酷似していることが、独立行政法人産業技術総合研究所招聘研究員(地震考古学)の寒川旭(さんがわ・あきら)の分析でわかった。近い将来に首都圏直下型や3連動型地震が起きる可能性が高いとの見解を示し、「千年に一度の巨大地震の世紀になるかもしれない」と警鐘を鳴らす。

 寒川は、古代以降の文献史料とともに、各地の遺跡で発掘された地割れや液状化現象による噴砂などの地震痕跡を調査。9世紀前半に関東北部や東北などでM7前後の地震が相次いだ後、貞観地震が発生していることを確認した。

 貞観地震は当時の歴史書「日本三代実録」に、「海は猛り吼え、津波が怒濤のように多賀城下に押し寄せ、千人が溺れ死んだ」と記述。当時の海岸から約5km内陸の多賀城跡(宮城県多賀城市)周辺では道路が寸断された跡が見つかり、仙台市などでは津波で運ばれた堆積物もあった。
 878年には関東南部でM7以上の直下型地震が発生。887年の仁和地震では、日本三代実録に「都(京都)の建物は倒壊し、圧死する者多数。海岸には海潮(津波)が押し寄せ、無数の人が溺れ死んだ。大阪湾岸も津波被害が甚大だった」と記録。東海から四国にかけて甚大な被害があったという。

 寒川の分析によると、最近数十年間に秋田などで死者100人以上を出した日本海中部地震(1983年、M7.7)や阪神淡路大震災(M7.3)、新潟県中越沖地震(2007年、M6.8)など各地でM7前後の地震があり、その後東日本大震災が発生した点が、平安時代の状況と共通していると指摘した。
 首都圏直下型地震や東海・東南海・南海地震についても、いずれもフィリピン海プレートの影響下にあり関連が深く、過去の首都圏直下型や仁和地震に匹敵する3連動型地震が発生する可能性が高いとした。
 また、2011/06/30に長野県中部で起きた震度5強の地震は、千年あまり活動がなかった牛伏寺断層付近で発生。2011/07/05にも和歌山県北部で震度5強の地震があったことからも日本列島が活動期にあることが改めて浮き彫りになった。

 一方、古代以降、M8.2程度の元禄関東地震(1703年)や3連動型の宝永地震(1707年)があった18世紀初め、安政東海地震(1854年)や、高さ9mの津波が襲ったという翌日の安政南海地震、死者1万人といわれる安政江戸地震(1855年)が起きた幕末にも巨大地震が集中したが、三陸沖では東日本大震災に匹敵する地震はなかった。

 寒川は「東日本大震災では『想定外』という言葉がしばしば使われたが、文献史料には過去の巨大地震が詳しく記されており、決して想定外ではない」と話した。

 東京大学地震研究所教授(地震学)古村孝志の話「これまで、江戸時代以前のデータは不確かさがあるということで防災対策などでもあまり注目されなかったが、今回を教訓に文献史料などを見直さないといけない。東日本大震災後の余震は以前より落ち着いてきたが、陸のプレート深部はまだ動いており、バランスをとるために再び大地震が発生する可能性が高く、対策が急がれる」

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東海、南海地震、連動想定を 地震考古学者・寒川旭 <神戸新聞 2011/07/10 10:54>を添削

 遺跡に残された地震の痕跡から過去の被災状況を調べてきた独立行政法人産業技術総合研究所招聘研究員の寒川旭(64)が、「地震考古学から見た21世紀の大地震」と題し、神戸市内で講演した。東日本大震災後、東海・東南海・南海地震への備えを見直す動きがあるが、寒川は具体例を挙げながら「3つの地震が短期間に続けて起きる可能性が高いことを、歴史は物語っている。そうした想定で津波などへの対策を考えるべきだ」と強調した。神戸国際展示場(神戸市中央区)で開かれた地盤工学会で講演した。

 寒川は冒頭、東日本大震災との類似が指摘されている平安時代の貞観地震(869年)を話題に。史書「日本三代実録」の「海水が怒濤となって、多賀城下まで押し寄せた」との記述を引き、「津波堆積物の調査で、記述の正確さは地震前に明らかになっており、今回の津波被害もある程度想定できた。成果を生かせず、残念で仕方ない」と述べた。

 貞観地震が起こった9世紀は、播磨国大地震(868年)、関東地震(878年)など、日本各地で大地震が頻発。貞観地震から18年後の887年には東海、南海地震が同時に起こり、津波被害の記録が残る。

 寒川は、遺跡の発掘調査で見つかった噴砂の痕跡や活断層の発掘結果を文献史料と照合し、地震の規模や周期を推定する地震考古学の最近の成果も紹介。2011/01、旧神戸外国人居留地遺跡(神戸市中央区)で江戸時代の南海地震による津波の痕跡が見つかった事例を挙げ「海岸線の変化を考慮しなければいけないが、今世紀の東海・南海地震では3m近い津波が神戸に押し寄せる可能性もある。地下街の浸水対策などが必要」と注意を喚起した。

 また、記録が確認されていない1498年の南海地震の発生を、高知県内の遺跡に残された噴砂の痕から証明したことにも言及。「古文書だけでなく遺跡の発掘によって地震の履歴を調べ、より詳しい周期や被害を知ることが正確な被害予測に役立つ」と述べた。
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