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Sclaps KOBE

神戸に関連する/しない新聞記事をスクラップ。神戸の鉄ちゃんのブログは分離しました。人名は全て敬称略が原則。

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「武田斉紀の「ブレない組織、ブレない生き方」」2011/05/16(月)

3.11もブレなかった東京ディズニーランドの優先順位
そしてユッケ事故を起こした焼き肉チェーンが忘れていたこと
■14:46、園内にいた7万人が異様な揺れを感じた

 東日本大震災当日2011/03/11。東京ディズニーリゾート(TDR、運営会社はオリエンタルランド:千葉県浦安市)を訪れていた約7万人の人たちは、まさか今日この場所で大地震を体験するなどと想像していなかったはずだ。もちろん約1万人のTDRのスタッフ(キャスト)たちもそうだっただろう。キャストの約9割は、高校生や大学生を中心としたアルバイトだ。アルバイトが現場を支えているのが、TDRの実態だ。

 14:46に発生した震度5強の揺れは、噴水にたまった水をまき散らし、水上を巡るアトラクションの船さえも大きく揺らした。7万人の来園者(ゲスト)たちは、前代未聞の体験に当然パニック状態になる。しかし揺れから40秒後には、地震発生を伝える園内アナウンスが流れた。

 ちなみにTDRでは、他の遊園地と異なり、園内アナウンスを一切流さないのが基本と聞く。迷子の案内もしない。せっかく園内で「夢の王国」を楽しんでいるゲストたちが、その魔法から覚めてしまうからだ。迷子への対応は近くにいるキャストがすべて担ってくれる。アナウンスをしない代わりに、多くの遊園地以上に迷子に対応する仕組みができているのだ。

 そしてキャストたちはパニックを起こさなかった。彼らは持ち場のゲストに対して、すぐさま冷静かつはっきりとした声で、分かりやすい指示を出した。

 「頭を守ってしゃがんでください!」「みなさま、どうぞその場にお座りになってお待ちください!」。キャストの冷静な指示に、ゲストは実際パニックを起こさずに落ち着いて座り込んだ。

 TDRの社長以下スタッフ、そして現場のキャストたちが、地震発生直後から翌朝までにどのように行動したかを、2011/05/08(日)放送のフジテレビ系列『Mr.サンデー』が取り上げていた。

 その場にいたゲストたちのビデオカメラやデジカメによる実写も交え、当日の様子がリアルに伝わってくる。その中で10代から20代を中心としたアルバイトスタッフたちが、7倍もの人数のお客様に対処し、落ち着いて対応している姿に、私は改めてTDRという組織のすごさを思い知らされた。

 当日の様子(※同番組内の映像とインタビューコメントから引用しています)に私の解説を交えながらこの後ご紹介していくが、彼らは常に「会社として大切にするべきことと優先順位」を共有していた。そして未曾有の震災直後にあっても、普段と何ら変わらないように一人ひとりが、それに従って自ら判断し行動していたのだ。ベテランの正社員が同じ数だけそろっていたとしても、社員一人ひとりが同じような判断と行動を取れる会社が日本中にどれくらいあるだろうか。

 TDRで働く全員が共有している「会社として大切にするべきことと優先順位」=行動規準は、私のこれまでのコラムで何度もご紹介してきた。英語の頭文字を取ってSCSE(エス・シー・エス・イー)と呼ばれる。「Safety(安全)」「Courtesy(礼儀正しさ)」「Show(ショー)」「Efficiency(効率)」だ。効率は上記3つを心掛けてチームワークを発揮することで、お客様が楽しむための効率を高めるといった意味で使われている。

 行動規準の4項目は、その順番に重要な意味がある。優先すべき順位を表しているのだ。ディズニーランドといえば、一般的にはショーのイメージが強いだろうが、彼らが最も大切にしていることはゲストの安全だ。2番が礼儀正しさで、3番がショー。安全確保で精一杯なら、礼儀正しさやショーが後回しになってもいい。ただし安全が確保できたら、ゲスト一人ひとりの『夢の王国』実現に向けて、それ以外もどんどん実践していこうとされている。

 TDRが最も安全にこだわるのには理由がある。ゲストが不安な気持ちでパークを楽しめるわけがないし、もしも園内でけがをしてしまったら、『夢の王国』どころか悲しい思い出になってしまう。だから安全はすべてに優先されるべきとしているのだ。

■ぬいぐるみを、売店のお菓子を、独自の判断で配るアルバイトたち

 地震直後、TDRは建物の安全を確認するために、ゲストとキャストの全員をいったん建物の外に誘導した。電車はすべて止まり、陸の孤島に7万人が取り残された状態だ。余震の続く中、ゲストは不安そうに園内に固まっている。

 アルバイト歴5年のキャストHさんは、当日のことを思い出す。「(店舗で販売用に置いていたぬいぐるみの)ダッフィーを持ち出して、お客様に“これで頭を守ってください”と言ってお渡ししました」。彼女は会社から、お客様の安全確保のためには、園内の使えるものは何でも使ってよいと聞いていた。そこで、ぬいぐるみを防災ずきん代わりにしようと考えたという。

 同じくキャストのIさんは、店舗で販売していたクッキーやチョコレートを無料で配り始めた。「必ずみなさんにお配りしますから、その場でお立ちにならないでお待ちください」と声を掛けながら。「お客様から配ってくださいと言われたわけではなくて、時間もたって私もお腹が減ってきていたし、ゲストのみなさんはもっとお腹が減っているだろうと思ったので」。

 ぬいぐるみが並んでいた壁も、お菓子が並んでいた棚も、売店内の商品はすっかりなくなっていた。

 当日は雨交じりで気温は10度と冷え込んでいた。あるキャストは、お土産用のビニール袋や青いゴミ袋、そして段ボールまで引っ張り出してきて「これをかぶって寒さをしのいでください」と訴えた。段ボールは普段なら『夢の王国』にあってはならないものだ。それでもゲストの身の安全を確保するためなら何でもしようと考えて行動した。家族で来園していたゲストは、「3月にしてはかなり寒かったので本当に助かりました」と答えていた。

 またキャストのTさんは、じっと座り込んだままの状態が続いているゲストに話しかけた。「ずっと同じ姿勢のままだと体に良くないので、少し運動しましょうか」。

 当座の安全を確保できたら、彼らは礼儀正しさやショーの実践を忘れていなかった。キャストのMさんはゲストの気を紛らせようと、お土産袋を掲げて「みなさん、この絵の中に“隠れミッキー”(ミッキーマウスの形)があるのをご存じでしたか。よろしければ一緒に探してみてください」と投げかけた。

 大きなシャンデリアの近くで余震の恐怖におびえている子供たちにはKさんが、「みなさん大丈夫です。僕はシャンデリアの妖精ですから、何があってもみなさんを守ります。大丈夫です」と笑顔を見せた。

 TDRにもマニュアルはあるが、現場の状況もゲストのニーズも刻々と変化する。ましてや事は震災だ。マニュアルですべてをカバーすることなど不可能だし、マニュアルから似たケースをチョイスしてもそれが適切とは限らない。だからこそ行動規準が必要なのだ。

 今となれば、場面場面では、もっとより良い判断や行動があったのかもしれない。けれどもTDRでは、「会社として大切にするべきことと優先順位」にさえ沿っていれば、現場の一人ひとりに判断を任せている。

 読者のみなさんの中には、「お客様の安全にかかわるような重要な判断をアルバイトにさせるなんて、恐ろしくてできない」という人もいらっしゃるだろう。アルバイトか正社員かはさておき、現場には入社したての新人だっている。それはTDRも同じだ。怖いに決まっている。

 ではどうするのか。判断させず、いちいち上からの指示を待てと命令するのか。

 TDRはアルバイトだけでなく、自社の従業員ではない派遣社員にさえも十分な研修を受けさせ、OJTでの訓練も欠かさない。現場で判断できるに十分な準備や、万が一にも対応できるチーム体制を用意したうえで、判断させる。

 現場はチームで動いているので、もしも個人の判断が明らかに間違っていれば、隣にいる仲間や先輩が修正してくれる。判断が不安なら、その時は、先輩や上司に相談すればいい。彼らは「もっとこうした方が良くなるんじゃないか」といったアドバイスをくれる。

 そしてもう一つ大切なことがある。行動規準に沿った判断、行動である限り、上からしかられることはない。むしろゲストのためになることであれば褒めてもらえる。だからこそ、新人であっても積極的に自分で考えることができるのだ。

 逆に、普段から「勝手に判断するな、上司の承認を取れ」と言われていたり、「この程度の発想か、もっと頭を使え」としかられていたらどうだろう。あるいは頑張っても褒めてももらえなかったらどうだろう。しかられると思えば萎縮してしまうだろうし、褒められるとうれしくなって頑張ってしまう。何も特別な話ではない、人間誰しも働くうえではそういうものではないだろうか。

■“優先順位”を守るためには、例外を設けない

 震災当日頑張っていたのは、現場のキャストだけではない。本部の対応も早かった。

 地震発生から28分後、日本政府は災害対策基本法に基づき、菅直人首相を本部長とする緊急災害対策本部を設置した。TDRはそのわずか8分後の15:22に、社長をトップとする「地震対策統括本部」を設置した。

 配下にはディズニーランド、ディズニーシーの統括責任者、その下にエリア責任者、アトラクション責任者、スタッフがつながる。こうして行動規準に沿った各現場の判断とともに、指揮命令が必要なことについては、全社で徹底できる体制が出来上がっていた。

 なぜそんなことが可能だったのか。

 TDRでは「震度6強」を想定した体制と防災訓練がなされていた。訓練の回数は、セクションごとのものも含めると1年で実に180回に及ぶという。2日に1回は園内のどこかで防災訓練がなされている計算になる。年に1度、防災の日(9/1)に申し訳程度に避難訓練だけを実施している企業とは、安全に対する意識が根本的に違うのだ。TDRには2台の消防自動車が園内の見えないところに配置され、24時間体制のファイヤーキャストが控えている。

 夜の帳が下りてきた。スタッフたちは、ゲストが家にたどり着けるよう、一部動き始めた電車の運行最新状況を張り出し続けた。それでも自宅に帰れない“帰宅難民者”約2万人が園内に残っていた。冷え込みは厳しくなるばかりだ。

 建物の安全確認が先に終わったのはディズニーシーの方だった。ディズニーランドにいるゲストたちを一刻も早く建物の中に入れてあげたい。しかしシーに移動するための一般通路は大きく回り込んでいる。しかも通りでは液状化現象が進んでおり、暗闇の中を移動するには危険がある。

 そこでTDRの幹部は開園以来28年間守ってきた“禁”を破る決断をした。バックヤードという従業員だけが利用する通路にゲストを通して、より短距離で安全にシーに誘導することにしたのだ。『夢の王国』のイメージを壊してしまうことになるかもしれない。それでもゲストの安全確保のために、彼らは決断したのだ。

 統括本部で指揮を執っていた同社の阪本さんは、「これまでは決してしなかったことですね。『夢の王国』のバックが見えてしまいますので」と説明した。

 多くのゲストのためにバックヤードを開くという決断はこの時が初めてだったのだろう。しかしTDRは個別にはこのルールを破ることがあると聞く。それはけが人が出た時だ。園内には応急処置ができる施設があるが、すぐに病院で診てもらった方がいいと判断した際は、バックヤードに待たせたクルマで素早くゲストを病院に案内する。

 家族が転んでけがをしたあるゲストは、案内されて病院に行ったところ既にTDRから正確な連絡が入っていることに驚いたという。けがは大したことがなかったので園内に戻ろうと再入場ゲートに戻ってきたところ、ゲートにいたキャストから「おけがは大丈夫でしたか」と声を掛けられ、またまたびっくりしたそうだ。

 TDRの情報共有のスピードには私も驚かされたことがある。おっちょこちょいの私はビデオカメラを置き忘れたことがあった。数分後に気がついて、近くにいるキャストに相談したら、忘れ物センターを丁寧に案内された。いくら何でも今忘れたばかりなのに届いているはずがないと思っていたら、果たしてカメラはセンターにあったのだ。これでは他人が盗んでいる暇などない。

 すべてが完璧とまでは言わないが、現場での密な情報共有という点でも多くの企業とは比べ物にならないTDRのすごさを思い知る。それは震災当日も変わらず発揮されたに違いない。

 話を防災対策に戻すと、TDRでは約5万人が3、4日は園内で過ごせるだけの非常食が備蓄してあるそうだ。今回の2万人なら1週間以上暮らせる計算だ。しかも短時間で温かいご飯になる。今回もそのご飯がゲストたちに配られた。友人と来園していたあるゲストは、配られた大豆ひじきご飯に「ほっとしました。まさか温かいご飯を食べられると思っていなかったので、びっくりしました」と答えていた。

■トップと会社の思いが分けた2つの結果

 先日来、焼き肉チェーン「焼肉酒家えびす」が提供した生ユッケ肉によって、細菌O-111による溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症した4人の方が亡くなられた。当初会見した運営会社のフーズ・フォーラス(石川県金沢市)社長の勘坂康弘は次のように訴えた。

 「法律で生食用というか、普通の精肉をユッケとして出しているのをすべて禁止すればいい、すべきだと思います。禁止していただきたいと思います」。

 彼の主張は、行政の取締りが不十分であったからこうなったと指摘しているように聞こえた。「生肉はどこの焼き肉屋でも提供している。うちだけが責められることではない」「卸の大和屋商店(東京都板橋区、ホームページは閉鎖中?)はトリミング(※)は必要ないと言っていたはずだ」と。亡くなられた方が増えたからか、その後は土下座までして謝ってはいたが、彼の主張は変わらなかった。

※菌に汚染されているかもしれない表面部位を店舗で取り除く作業。

 同社のホームページ(HP)は、現在(2011/05/15現在)トップページ以外見られないが、最近まで新卒求人サイトに次のような3つのビジョンを掲げていた。

1 店長の年収日本一 現在は550万円以上 近い将来は1000万円を目指す。
2 接客サービスで日本一 愛と感動のある「えびすストーリー」を実現。
3 商品力で日本一 超お値打ち価格の実現 市場価格の1/2を目指す。

 私は、企業理念やビジョンはかくあるべしと言うつもりはない。それは経営者一人ひとりが信じるところを整理して掲げればいいと考える。問題は、それを従業員が、顧客が、社会が受け入れるかどうかだ。受け入れられなければ誰もついてきてはくれないし、企業として存在し得ない。もちろんいくら立派な理念を掲げていても、現場で実践されていなければ同じことだ。

 ある老舗飲食店の経営者が、自社を訪れた学生に、社名を隠して上の企業理念をどう思うか聞いてみたそうだ。共感する学生もいるだろうと想像していたが、彼らから返ってきた答えは、「給料で釣っているみたいで、どうも好きになれない」というものばかりだった。

 ちなみにその経営者は、自社が仕入れている食材についてこう話してくれた。「卸から来た商品を100%信じることはありません。特に、生で提供する食材に関しては100%信用しません。築地から来ている魚でも、すべて菌に汚染されているかもしれないという前提で扱っています。卸を信じていないからではないのです。店としては最終的にお客様に安全なものを提供する責任があるからです」。

 フーズ・フォーラスの勘坂社長が実際どんな人なのかは、直接お会いもしていない私には何とも言えない。ただ安全を卸任せにしていたという会社としての基本姿勢において、安全が軽視されていたことは事実のようだ。飲食業界に身を置く企業にとって、食の安全だけは例外なき最優先事項であるべきなのに。

 同社は、恐らく低価格で伸びてきた成功体験から、優先順位を間違ってしまったのだろう。従業員の給与を優先し、低価格路線でありながら利益も出そうとすれば、おのずと何かが犠牲になってしまう。事故は偶然ではなく、起こるべくして起こったのだと思う。被害者の方には、心からお見舞いを申し上げる。

 消費者である私たちにできることは何か。ホームページを読み込んで、学生たちと同じように安さの陰で犠牲しているものを想像し、お店の対応をチェックすることだ。

 3月11日の長い夜が明けた。TDRの建物内で一夜を過ごすというかつてない経験をしたゲストたちは番組の中で当日を振り返っていた。

 家族3人で来園していたゲストは、「考えてみれば、キャストも我々も同じ被災者なんですよね。それなのにキャストのみなさんは全然嫌な顔をするどころか、ずっと笑顔だったんですよ」と話した。家族4人で一夜を明かした別のゲストは、「(キャストのみなさんが)すごく頑張っていたから、何だかとても信頼できました。ありがとうって伝えたかった」と声をうるませた。

 私もキャストたちのプロ意識に感動した。彼らは誇りを持って働いている。アルバイトか正社員かどうかは、プロ意識においては関係ない。本人次第であり、その意識は会社が彼らに寄せる期待と信頼によっても生まれている。

 TDRはキャストに対して一方的に期待と信頼を寄せているわけではない。彼らが自ら判断し、行動できる前提を用意している。「会社として大切にするべきことと優先順位」=行動規準を明確に示し、十分な研修を実施して、一人ひとりが判断し行動することを推進している。

 そして行動規準に沿った判断、行動であればしからないどころか、ゲストのためになるなら積極的に褒める。だからこそ、現場は行動規準を信じて判断、行動することができる。

 震災に遭っても会社の掲げる「安全第一」を全員で実現しようとした東京ディズニーリゾート、片や安全を後回しにしてしまった焼肉酒家えびす。TDRが実践したことは、決して魔法ではないし、従業員が特別だったからでもない。

 企業はトップと会社の姿勢によって、顧客から尊敬され「また行きたくなる」場所になることもあれば、悲劇とともに「二度と行きたくない」場所になることもある。私たちはそれを忘れてはならない。
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