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巡視船船長らが初の証言 中国船100隻侵入…一方「銛で突かれた」は否定 <MSN産経 2010/11/20>を添削
中国漁船に衝突された海上保安庁の巡視船「みずき」の船長らが2010/11、沖縄県石垣市で自民党調査団の事情聴取に応じ、事件当時、尖閣諸島の領海線上に中国漁船約100隻が陣取り、領海侵犯を繰り返していたことを明らかにした。調査に加わった参院議員の森雅子が夕刊フジの単独取材に答えた。当事者の肉声が明らかになるのは初めてで、「ビデオの流出犯扱いもされ、大変つらい思いをした」などとこぼしたという。(夕刊フジ)
中国漁船に衝突された海上保安庁の巡視船「みずき」の船長らが2010/11、沖縄県石垣市で自民党調査団の事情聴取に応じ、事件当時、尖閣諸島の領海線上に中国漁船約100隻が陣取り、領海侵犯を繰り返していたことを明らかにした。調査に加わった参院議員の森雅子が夕刊フジの単独取材に答えた。当事者の肉声が明らかになるのは初めてで、「ビデオの流出犯扱いもされ、大変つらい思いをした」などとこぼしたという。(夕刊フジ)
「みずき」船長らの説明によると、事件当日は領海線上に陣取った中国漁船100隻のうち、30隻ずつ1集団となって領海に侵入し、マグロ漁などを行っていた。石垣海保の巡視船は個別に漁船に近づいて領海外への退去を命じていたが、1集団が退出すると別の漁船が侵入するいたちごっこ。ある意味、組織的に日本側を挑発していたわけだ。
そうした中で起きた漁船衝突事件。中国漁船は2度目の衝突事件を起こした後、約2時間にわたって蛇行しながら逃走劇を繰り広げた。
石垣海保は、拳銃など武器を携行した中国船も摘発した経験も持つ。船長らは「今回も中国側はどんな武装をしているか分からなかったが、相手船に乗り移る時は転落を避けるため、軽装にならざるを得なかった」と言及。まさに命がけの逮捕劇だったという。
ただ、「逮捕の際に保安官が海に転落し、中国人が銛で突いた」との噂については、船長らはこれを完全否定。「強制的に乗り移った後は中国人らは驚くほどおとなしかった。船長以外は雇われの身で、ほとんど事情を把握していなかった」と証言したという。
一方、逮捕の是非は現場で判断できないため、「追跡から中国人取押えまで、一連のビデオ映像を衛星回線で(海保本庁などに)飛ばした」という。それだけに、官房長官の仙谷由人や当時国交相の前原誠司も、事件当日に一連の映像を見た可能性が高い。森は「明らかな犯罪行為を目の当たりにしながら、処分保留で釈放した判断はどう考えてもおかしい」と指摘する。
実際、危険な中国人の実態を他の海保関係者と共有するため、映像は海保のネットワークで共有。海保側は「2001年に海保巡視船と交戦した北朝鮮工作船の例もあり、当然、今回も映像は公開されると思った」ためだ。
しかし、政府は中国におもねり非公開を決定。そうならばビデオの厳重管理が不可欠になるはずだが、政府が出した指示は事件から1カ月以上たった2010/10/18、海保本庁と沖縄の第十一管区海保本部、石垣海上保安部で「映像管理責任者」を1人ずつ選んだだけ。具体的な管理方法の指示は一切なかったという。
また、調査団は、中国人船長の身柄が送検された那覇地検検事正の上野友慈らとも面会。
仙谷はビデオが衆院予算委員会に提出された2010/10/27、予算委に「視聴される方の範囲も含め、極めて慎重な取扱いに特段のご配慮要望いたします」との要望書を提出した。しかし、上野によると、政府は那覇地検にビデオを厳重管理するような指示は出さなかったうえ、那覇地検も石垣海保などに指示しなかったという。
仙谷は映像を流出させた神戸海保の保安官(43)に厳しい処分を科す方針を示唆しているが、手軽に映像を入手できる環境があった以上、処分の根拠は極めて乏しくなったともいえる。
ビデオを流出させた保安官が名乗り出るまで、石垣海保は捜査当局などから犯人扱いされ続けたが、第十一管区海上保安部次長の時枝俊次郎は「大変つらい思いをしたが、下を向いていたら国境は守れない」と力強く語ったという。果たして仙谷は、この叫びをどう聞くのか。
そうした中で起きた漁船衝突事件。中国漁船は2度目の衝突事件を起こした後、約2時間にわたって蛇行しながら逃走劇を繰り広げた。
石垣海保は、拳銃など武器を携行した中国船も摘発した経験も持つ。船長らは「今回も中国側はどんな武装をしているか分からなかったが、相手船に乗り移る時は転落を避けるため、軽装にならざるを得なかった」と言及。まさに命がけの逮捕劇だったという。
ただ、「逮捕の際に保安官が海に転落し、中国人が銛で突いた」との噂については、船長らはこれを完全否定。「強制的に乗り移った後は中国人らは驚くほどおとなしかった。船長以外は雇われの身で、ほとんど事情を把握していなかった」と証言したという。
一方、逮捕の是非は現場で判断できないため、「追跡から中国人取押えまで、一連のビデオ映像を衛星回線で(海保本庁などに)飛ばした」という。それだけに、官房長官の仙谷由人や当時国交相の前原誠司も、事件当日に一連の映像を見た可能性が高い。森は「明らかな犯罪行為を目の当たりにしながら、処分保留で釈放した判断はどう考えてもおかしい」と指摘する。
実際、危険な中国人の実態を他の海保関係者と共有するため、映像は海保のネットワークで共有。海保側は「2001年に海保巡視船と交戦した北朝鮮工作船の例もあり、当然、今回も映像は公開されると思った」ためだ。
しかし、政府は中国におもねり非公開を決定。そうならばビデオの厳重管理が不可欠になるはずだが、政府が出した指示は事件から1カ月以上たった2010/10/18、海保本庁と沖縄の第十一管区海保本部、石垣海上保安部で「映像管理責任者」を1人ずつ選んだだけ。具体的な管理方法の指示は一切なかったという。
また、調査団は、中国人船長の身柄が送検された那覇地検検事正の上野友慈らとも面会。
仙谷はビデオが衆院予算委員会に提出された2010/10/27、予算委に「視聴される方の範囲も含め、極めて慎重な取扱いに特段のご配慮要望いたします」との要望書を提出した。しかし、上野によると、政府は那覇地検にビデオを厳重管理するような指示は出さなかったうえ、那覇地検も石垣海保などに指示しなかったという。
仙谷は映像を流出させた神戸海保の保安官(43)に厳しい処分を科す方針を示唆しているが、手軽に映像を入手できる環境があった以上、処分の根拠は極めて乏しくなったともいえる。
ビデオを流出させた保安官が名乗り出るまで、石垣海保は捜査当局などから犯人扱いされ続けたが、第十一管区海上保安部次長の時枝俊次郎は「大変つらい思いをしたが、下を向いていたら国境は守れない」と力強く語ったという。果たして仙谷は、この叫びをどう聞くのか。
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