Sclaps KOBE
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海上保安官、一色正春氏の「新しい内部告発」
山崎元のマルチスコープ 第156回 2010/11/17 ダイヤモンドオンライン
山崎元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
山崎元のマルチスコープ 第156回 2010/11/17 ダイヤモンドオンライン
山崎元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
■「普通は」得にならない内部告発
もともと本人が名乗り出ており、既に一部の週刊誌では実名が報じられているので、名前を秘する必要はあるまい。神戸海上保安部所属の海上保安官・一色正春(43)が、尖閣諸島沖での中国漁船と巡視船の衝突の模様を映したビデオを流出させた問題に関して、警察・検察当局は、一色を逮捕せずに、任意で取り調べを継続する方針を決めた。今後、起訴され有罪になる可能性が無くなったわけではないが、問題の画像が保護すべき秘密であったことを立証する難しさ、さらには問題の中国人船長を釈放しておきながら、事実の一部を公開しただけの一色の罪を問うバランスの悪さなどを勘案すると、起訴にいたらないのではないかという観測が流れている。
ただし、法的には罪を問われないかもしれないし、問われても軽い(公務員の守秘義務違反は50万円以下の罰金)公算が大きいが、一色が負っているリスクは決して小さくない。
一色の行動はおそらく海上保安庁の内規の禁止事項に触れているだろうし、時の政権から海上保安庁が管理責任を問われている以上、何らかの処分を求められる公算が大きい。端的にいって、一色は失職する可能性がある。『週刊現代』(2010/11/27号)の記事によると、一色はいったん民間企業への就職を経験した後だが、商船高等専門学校を経て海上保安庁に就職している。商船高専卒業者にとって海上保安庁は良い就職先だろうし、世間の注目を惹いた後なので失職した場合、再就職は簡単でないかも知れない。家庭もお持ちで、お子さんもいるようだ。本人は現在も相当の不安を抱えているだろうし、悩んだ上での内部告発だっただろう。
今回の内部告発とその後の自首について、世間の様子を見て名乗り出る卑怯な行動だ、という評があるようだが、これは内部告発者の立場に対する配慮を欠いた議論だと思う。
一般に、内部告発は、最高に上手く行っても、告発した本人の得にはならない。本連載でも取り上げたが、オリンパスで上司の不正行為を社内の告発窓口に通報した社員は、社内で不当な扱いを受けたとして裁判で争うに至ったし、ミートホープの不正を告発した社員は、世間にミートホープの不正を知らしめることには成功したが、会社が潰れて職場を失ってしまった。その他、各種の食品を巡る問題や、金融を巡る不祥事の告発者も、不正の周知に成功することはあっても、告発した本人が、本人にとっての正義の達成以上のメリットを得たケースを知らない。
■今回の告発の特異性
今回の一色の内部告発は、主に企業を中心に行われてきた過去の内部告発といくつかの点で異質だ。
内部告発者は、組織にとって不利な情報を流したとされて、組織内で疎まれ、憎まれる存在になることが多いが、推察するに、今回の告発に対して、海上保安庁内部では、「大変なことをしてくれた」という声もあるだろうが、「国民に事実を知って貰ってよかった」、「よくぞ、やってくれた」声が多いのではないだろうか。所属組織内で支持を受ける内部告発者は珍しい。
また、前述のように、個人としては得にならないばかりか、生活をリスクにさらすことになるので、内部告発者は、自分から名乗り出ないことが多い。しかし、今回、一色は捜査が迫ってきていたとはいえ、自分から名乗り出た。
加えて、一色が望むところではないかも知れないが、国民の多くは、一色の動画投稿を支持している。今後のことはよく分からないが、一色が多くの人の支持を受ける「スター」的な存在になる可能性もある。
だから彼は名乗り出たのではないか、という声もあるが、それは「小さな問題」だろう。仮に、彼が好意的に迎えられる有名人となることがあるとしても、いちいち嫉妬しない方がいい。
■告発者のメリットになってはいけないか?
告発を行ったことで本人が何らかのメリットを得てはいけないのかというと、少なくとも「常にそうだ」とは言えまい。
たとえば、ミートホープの社員の内部告発がなければ、多くの消費者がそれとは知らずに殆どゴミのような異物が混ざった食品を口にしていたかも知れない。消費者は、告発者に感謝すべきだろうし、告発者がより幸せになることを願っていいはずだ。
今回の告発はどうなのだろうか。法的な立件の可否はともかくとして、行為の性質として公務員の守秘義務からの逸脱であることは間違いない。また、時の政府が隠そうと決めていた情報が漏洩したのだから、行政の失敗として、ひいては国の統治の乱れとして重大な問題であったことも間違いない。
しかし、一色は、失職の可能性を含む組織内での処分、あるいは冷遇の可能性といった自ら受けるかも知れないデメリットを承知の上で、それでも問題の映像を国民は見るべきだと判断して行動したのだから、行動自体の善し悪しを総合的に判断するのがフェアだろう。
筆者個人は、一色が画像を公開したことに関して、公務員としての守秘義務を逸脱したことの拙さ以上の公共のメリットがあったと判断している。衝突の画像は、事件の事実関係を判断する上で国民が「見たい」画像だったし、政権の対応が適切であるか否かを判断するためにも「見ておいた方がいい」画像だった。
ネットの情報には信頼性がないと言っていたはずのテレビが、繰り返しYouTubeの画像を流していたのは奇妙な光景だったが、既存メディアとしても「これは国民に見せる価値のある映像だ」と判断したからだろう。政府が、この画像の公開が本当に国益に反すると考えるなら、この件に関して、一色や海上保安庁の責任を言い立てるだけではなく、テレビ報道のあり方にも文句をつけるのでないとバランスが取れない。
海上保安庁は、自衛隊や警察に連なる物理的「力」の行使を伴う組織だから、この組織が政府の意思に反した行動を取ることの重大性を、太平洋戦争前の軍部の暴走などに重ね合わせて危惧する意見も一方にある。しかし、政府の判断に問題がある場合、国民がそれを公務員の内部告発を通じてしか知り得ないとしたら、内部告発が起こらないこと自体を問題視しなければならない。少なくとも、その内部告発及び告発者を「守秘義務違反」としてしか評価しないのは問題だ。
■問われるべき政府の責任
官房長官の仙谷は、2010/11/10に一色への取調べが始まった時点の記者会見で、「大阪地検特捜部の(証拠品改竄・犯人隠避)事件に匹敵する、ゆゆしき事案」(『読売新聞』2010/11/16朝刊)だと述べたという。仙谷が、現在もそう思っているとすれば、今回の警察・検察の判断とは大きく異なる理解だといわざるを得ない。中国人船長の逮捕以来、独自のルートを使って中国政府と交渉してきたとされる仙谷としては、重大犯罪だという認識になるのだろうが、仙谷のこの問題に対する対処は適切だったのだろうか。
『毎日新聞』(2010/11/08)の報道によると、仙谷は、民間コンサルタントである篠原令に中国との橋渡しを依頼し、その結果、細野剛志を中国に送り込むなどして、中国側当局者と、「衝突事件のビデオを公開しない」、「仲井真(沖縄県)知事の尖閣諸島視察を中止して貰いたい」との先方の要求に同意したのだとされている。
率直にいって、俄には信じがたい判断と行動だが、政府としてあらためて動画を公開すべきだという野党の要求を呑めずにいるところを見ると、先方と本当にこのように約束していたのだろうと推測される。
仙谷に対して好意的に解釈すると、中国との経済関係に配慮して問題を早く解決しようとしたということなのかも知れないが、過剰かつ不適切な譲歩だったのではないかという疑念が拭えない。
タラ・レバの話になるが、画像を早期に公開していれば、中国側の立場がもっと弱かった可能性があるし、そもそも、国政に関わるこれだけの大問題なのだから、日本国民に対して画像を公開しないという判断がおかしい。撮影された動画が捜査資料であるという建前があったとしても、必要だと判断すれば、これを公開できる手続きを考え、実行してこそ、意味のある「政治主導」といえる。
問題の大きさは、海上保安庁の情報管理よりも、日本政府の対中国外交の方が遙かに大きい。
政府を批判する立場にある野党や、本来ならば政府をチェックすることが期待されるメディアは、今回の問題を、海上保安庁や国交省の情報管理の問題に矮小化することは不適切だ。端的にいって、国交相 馬淵の責任など問うてもつまらない。自民党をはじめとする野党は、もっと適切にターゲットを絞るべきだろう。
先の経緯が本当なら、官房長官 仙谷と外相 前原の責任が問われるべきだろうし、これだけの問題になれば、首相 菅にも責任がないとはいえない。船長の逮捕、釈放、対中交渉といった一連のプロセスについて、菅内閣は説明責任を果たすべきだ。
もともと本人が名乗り出ており、既に一部の週刊誌では実名が報じられているので、名前を秘する必要はあるまい。神戸海上保安部所属の海上保安官・一色正春(43)が、尖閣諸島沖での中国漁船と巡視船の衝突の模様を映したビデオを流出させた問題に関して、警察・検察当局は、一色を逮捕せずに、任意で取り調べを継続する方針を決めた。今後、起訴され有罪になる可能性が無くなったわけではないが、問題の画像が保護すべき秘密であったことを立証する難しさ、さらには問題の中国人船長を釈放しておきながら、事実の一部を公開しただけの一色の罪を問うバランスの悪さなどを勘案すると、起訴にいたらないのではないかという観測が流れている。
ただし、法的には罪を問われないかもしれないし、問われても軽い(公務員の守秘義務違反は50万円以下の罰金)公算が大きいが、一色が負っているリスクは決して小さくない。
一色の行動はおそらく海上保安庁の内規の禁止事項に触れているだろうし、時の政権から海上保安庁が管理責任を問われている以上、何らかの処分を求められる公算が大きい。端的にいって、一色は失職する可能性がある。『週刊現代』(2010/11/27号)の記事によると、一色はいったん民間企業への就職を経験した後だが、商船高等専門学校を経て海上保安庁に就職している。商船高専卒業者にとって海上保安庁は良い就職先だろうし、世間の注目を惹いた後なので失職した場合、再就職は簡単でないかも知れない。家庭もお持ちで、お子さんもいるようだ。本人は現在も相当の不安を抱えているだろうし、悩んだ上での内部告発だっただろう。
今回の内部告発とその後の自首について、世間の様子を見て名乗り出る卑怯な行動だ、という評があるようだが、これは内部告発者の立場に対する配慮を欠いた議論だと思う。
一般に、内部告発は、最高に上手く行っても、告発した本人の得にはならない。本連載でも取り上げたが、オリンパスで上司の不正行為を社内の告発窓口に通報した社員は、社内で不当な扱いを受けたとして裁判で争うに至ったし、ミートホープの不正を告発した社員は、世間にミートホープの不正を知らしめることには成功したが、会社が潰れて職場を失ってしまった。その他、各種の食品を巡る問題や、金融を巡る不祥事の告発者も、不正の周知に成功することはあっても、告発した本人が、本人にとっての正義の達成以上のメリットを得たケースを知らない。
■今回の告発の特異性
今回の一色の内部告発は、主に企業を中心に行われてきた過去の内部告発といくつかの点で異質だ。
内部告発者は、組織にとって不利な情報を流したとされて、組織内で疎まれ、憎まれる存在になることが多いが、推察するに、今回の告発に対して、海上保安庁内部では、「大変なことをしてくれた」という声もあるだろうが、「国民に事実を知って貰ってよかった」、「よくぞ、やってくれた」声が多いのではないだろうか。所属組織内で支持を受ける内部告発者は珍しい。
また、前述のように、個人としては得にならないばかりか、生活をリスクにさらすことになるので、内部告発者は、自分から名乗り出ないことが多い。しかし、今回、一色は捜査が迫ってきていたとはいえ、自分から名乗り出た。
加えて、一色が望むところではないかも知れないが、国民の多くは、一色の動画投稿を支持している。今後のことはよく分からないが、一色が多くの人の支持を受ける「スター」的な存在になる可能性もある。
だから彼は名乗り出たのではないか、という声もあるが、それは「小さな問題」だろう。仮に、彼が好意的に迎えられる有名人となることがあるとしても、いちいち嫉妬しない方がいい。
■告発者のメリットになってはいけないか?
告発を行ったことで本人が何らかのメリットを得てはいけないのかというと、少なくとも「常にそうだ」とは言えまい。
たとえば、ミートホープの社員の内部告発がなければ、多くの消費者がそれとは知らずに殆どゴミのような異物が混ざった食品を口にしていたかも知れない。消費者は、告発者に感謝すべきだろうし、告発者がより幸せになることを願っていいはずだ。
今回の告発はどうなのだろうか。法的な立件の可否はともかくとして、行為の性質として公務員の守秘義務からの逸脱であることは間違いない。また、時の政府が隠そうと決めていた情報が漏洩したのだから、行政の失敗として、ひいては国の統治の乱れとして重大な問題であったことも間違いない。
しかし、一色は、失職の可能性を含む組織内での処分、あるいは冷遇の可能性といった自ら受けるかも知れないデメリットを承知の上で、それでも問題の映像を国民は見るべきだと判断して行動したのだから、行動自体の善し悪しを総合的に判断するのがフェアだろう。
筆者個人は、一色が画像を公開したことに関して、公務員としての守秘義務を逸脱したことの拙さ以上の公共のメリットがあったと判断している。衝突の画像は、事件の事実関係を判断する上で国民が「見たい」画像だったし、政権の対応が適切であるか否かを判断するためにも「見ておいた方がいい」画像だった。
ネットの情報には信頼性がないと言っていたはずのテレビが、繰り返しYouTubeの画像を流していたのは奇妙な光景だったが、既存メディアとしても「これは国民に見せる価値のある映像だ」と判断したからだろう。政府が、この画像の公開が本当に国益に反すると考えるなら、この件に関して、一色や海上保安庁の責任を言い立てるだけではなく、テレビ報道のあり方にも文句をつけるのでないとバランスが取れない。
海上保安庁は、自衛隊や警察に連なる物理的「力」の行使を伴う組織だから、この組織が政府の意思に反した行動を取ることの重大性を、太平洋戦争前の軍部の暴走などに重ね合わせて危惧する意見も一方にある。しかし、政府の判断に問題がある場合、国民がそれを公務員の内部告発を通じてしか知り得ないとしたら、内部告発が起こらないこと自体を問題視しなければならない。少なくとも、その内部告発及び告発者を「守秘義務違反」としてしか評価しないのは問題だ。
■問われるべき政府の責任
官房長官の仙谷は、2010/11/10に一色への取調べが始まった時点の記者会見で、「大阪地検特捜部の(証拠品改竄・犯人隠避)事件に匹敵する、ゆゆしき事案」(『読売新聞』2010/11/16朝刊)だと述べたという。仙谷が、現在もそう思っているとすれば、今回の警察・検察の判断とは大きく異なる理解だといわざるを得ない。中国人船長の逮捕以来、独自のルートを使って中国政府と交渉してきたとされる仙谷としては、重大犯罪だという認識になるのだろうが、仙谷のこの問題に対する対処は適切だったのだろうか。
『毎日新聞』(2010/11/08)の報道によると、仙谷は、民間コンサルタントである篠原令に中国との橋渡しを依頼し、その結果、細野剛志を中国に送り込むなどして、中国側当局者と、「衝突事件のビデオを公開しない」、「仲井真(沖縄県)知事の尖閣諸島視察を中止して貰いたい」との先方の要求に同意したのだとされている。
率直にいって、俄には信じがたい判断と行動だが、政府としてあらためて動画を公開すべきだという野党の要求を呑めずにいるところを見ると、先方と本当にこのように約束していたのだろうと推測される。
仙谷に対して好意的に解釈すると、中国との経済関係に配慮して問題を早く解決しようとしたということなのかも知れないが、過剰かつ不適切な譲歩だったのではないかという疑念が拭えない。
タラ・レバの話になるが、画像を早期に公開していれば、中国側の立場がもっと弱かった可能性があるし、そもそも、国政に関わるこれだけの大問題なのだから、日本国民に対して画像を公開しないという判断がおかしい。撮影された動画が捜査資料であるという建前があったとしても、必要だと判断すれば、これを公開できる手続きを考え、実行してこそ、意味のある「政治主導」といえる。
問題の大きさは、海上保安庁の情報管理よりも、日本政府の対中国外交の方が遙かに大きい。
政府を批判する立場にある野党や、本来ならば政府をチェックすることが期待されるメディアは、今回の問題を、海上保安庁や国交省の情報管理の問題に矮小化することは不適切だ。端的にいって、国交相 馬淵の責任など問うてもつまらない。自民党をはじめとする野党は、もっと適切にターゲットを絞るべきだろう。
先の経緯が本当なら、官房長官 仙谷と外相 前原の責任が問われるべきだろうし、これだけの問題になれば、首相 菅にも責任がないとはいえない。船長の逮捕、釈放、対中交渉といった一連のプロセスについて、菅内閣は説明責任を果たすべきだ。
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