2010/09/14 (Tue) 「友好外交」が尖閣に残したツケ

【正論】国際教養大学理事長・学長 中嶋嶺雄 「友好外交」が尖閣に残したツケ ＜MSN産経 2010/09/14＞

　2010/09/07に尖閣諸島近海の我が国の領海内で起きた中国漁船と海上保安庁の巡視船「よなくに」との衝突事件は、中国漁船船長の公務執行妨害容疑での逮捕に至り、対応の初期段階を経た。事件は明らかに中国漁船側に意図的な非があるのだから、政府はもっと速やかに決断すべきだった。尖閣諸島の問題を日中間の係争にすべきではないといった外交的配慮が働いたとすれば、その配慮自体が誤っている。

　尖閣諸島とその近海への中国側の侵犯や威嚇はこれまでも頻繁に起き、これからも続くだろう。そうした中で、尖閣諸島は我が国固有の領土であり、日中間に尖閣諸島をめぐる領土問題は存在しないとの日本政府の立場を貫くのであれば、今回のような事件や、2004/03に中国人活動家が尖閣諸島に上陸した事件などにはその都度、我が国の国内法と国際法に照らして厳重な措置を取る以外に選択肢はないからである。

≪厳しい中国、甘い日本≫

　東シナ海の天然ガス田の問題とともに、この問題を日本外交の力量で解決できる展望があればともかく、経済発展をテコに軍事力を増強し、最近では南シナ海を「核心的利益」の対象とし、西太平洋にまで海軍力を拡大している中国が、こと尖閣諸島問題で譲歩したり、日本側に理解を示したりする気配は一切ないからでもある。

　それは、中国側が極めて執拗にこの問題に対処してきたのに対して、日本側が実に単純に「日中友好」外交に賭けてきたためでもある。私は尖閣諸島問題には本欄でもしばしば触れてきた。2004/11/27付の拙稿「原潜の領海侵犯に見る中国の意図は－台湾海峡危機見据えた海洋戦略－」では、1968年の国連アジア極東経済委員会（ECAFE）の海洋調査で尖閣諸島に豊富な海底資源の存在が明らかになり、翌1969年から中国が領有権を唱え始めた経緯を述べている。

≪覇権主義的領土観に法的根拠≫

　この問題で日本国民に印象深いのは、中国が文化大革命の混乱から立ち直りつつあった1979年秋に鄧小平（当時副首相）が来日したときに、「尖閣諸島の問題は次の世代、また次の世代に持ち越して解決すればよい」と語ったことだった。さすが鄧小平は物分かりがいい、と我が国の政府もマスメディアも大歓迎したのだが、その鄧小平が権力を強めつつあった1992/02に中国側は、全国人民代表大会の常務委員会（7期24回）という目立たない会議で、「中華人民共和国領海及び●連（隣接）区法」（領海法）を制定し、尖閣諸島（中国名・釣魚島）は中国の領土だと決定してしまったのである。

　同法第2条は「中華人民共和国の領海は中華人民共和国の陸地領土と内海に隣接する一帯の海域とする。中華人民共和国の陸地領土は中華人民共和国の大陸とその沿海の島嶼、台湾及びそこに含まれる釣魚島とその付属の各島、澎湖列島、東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島及びその他一切の中華人民共和国に属する島嶼を包括する」とうたう。尖閣諸島を含む台湾や澎湖諸島はもとより、ベトナムやフィリピンなどと係争中の南シナ海の西沙、南沙両諸島まで中国の領土だという一方的で覇権主義的な領土観が中国内部では法的根拠を持ったのである。

　日本政府、外務省はこの時、即座に事態の重要性に気づき、中国側に厳重に抗議すべきだった。当時はしかし、尖閣諸島や沖縄近海への中国海軍の威嚇行為があったにもかかわらず、何ら外交行動に出なかったばかりか、2カ月後の江沢民・中国共産党総書記の訪日、その年秋の天皇皇后両陛下のご訪中という「日中友好外交」に専心した。日本側は、宮沢喜一・首相、橋本恕・駐中国大使という「親中」の布陣で、両陛下ご訪中は積極的に進めても、尖閣諸島という日本の国益にかかわる問題にはほとんど意を用いなかったのである。

≪結局、鄧小平に踊らされた？≫

　時あたかも、鄧小平は、尖閣諸島のことはどこへやら、保守派の抵抗を抑えて深圳、珠海などの中国南方各地を視察、重要な「南巡講話」を行って改革・開放へと中国を導いたのだった。実にしたたかだというほかない。

　その中国は最近、強引な外交・軍事戦略を展開しつつあり、アメリカのオバマ政権も極めて警戒的になってきている。私はそれを「新米中冷戦」と見ているが、ここで問われるのが、日本の立場であることはいうまでもない。菅直人・首相が続投となるにせよ、小沢一郎・新首相が登場するにせよ、2009/12に民主党議員が大挙して訪中し、胡錦濤国家主席に「拝謁」したような現代版「朝貢外交」は二度と繰り返さないでいただきたい。